49期事務局長 庄子 春吉

49期生は東日本震災のため1年遅れの24年3月に入学した。74名で新学期を迎えるも研究生の時には47名までに激減した。

「震災より7年」を迎えた30年春。自主学習行事内容を検討する中、5月は東日本大震災復興祈念特別展『東大寺と東北』の鑑賞をする。

10月には震災地復興状況視察バス旅行を計画。仲間と共に改めて大震災の跡に向き合うことにしました。

毎年恒例になっている暑気払い&忘年会について今年は「淑女会」の力を借りました。「淑女会」は49期のYさんが中心になり立ち上げ49期女性メンバーで構成するサークルで結束力も抜群の集団。

その女子力が7月の暑気払いはホテルモントレ仙台。12月の忘年会はホテル法華クラブ仙台と華やかな会場へと場所を移してくれた。

暑気払いのアトラクションでは男性の度肝を抜く見事フラ踊りを披露、拍手喝采を。又忘年会ではビンゴゲーム、楽しい仕掛けと景品の調達と先々の行動でけん引して貰いました。

その甲斐あって例年とは一味違った暑気、忘年会を行うこととができた。

10月の震災地復興状況視察バス旅行は30年の最重要行事として吟味した。

5月に臨時班長会議を開き詳細に亘り打ち合わせをする。視察日?震災地視察候補地?語り部?貸切バス?等…全てをクリア10月3日実施。視察先は南三陸~石巻~女川~リアスブルーライン~雄勝~大川小学校。

語り部より震災地で生々しい話を聞いた。

  • 南三陸の防災庁舎、防災無線で「津波が来ます!逃げて下さい!」と連呼、マイク片手に逃げることなく犠牲になった職員の遠藤未希さん。
  • 廃墟化した高野会館は300余名の命を救った美談の建物。
  • 前日の津波訓練が功を奏し児童1人の犠牲者を出さなかった戸倉小学校。
  • 高台にある戸倉中学校、校舎1階の天上近くまで津波の痕跡がありその高さ23メートル、ここまで津波がと唖然とする。
  • 「がんばれ!石巻」の復興シンボル看板。甚大な被災地となった南浜町、門脇にあった。町が流され津波火災発生、遺構門脇小学校が痛々しい姿に。
  • ウミネコが羽ばたく様子をイメージした大きな屋根を持つ女川駅、震災地ではいち早く復興の槌音が聞かれた町だ。
  • 硯会館が倒壊「消えて行く町」と報道された雄勝町。
  • 最終目的地大川小学校へ、児童教職員84名が亡くなり戦後最悪の学校事故現場校庭に立つ、目の前の裏山を眺める、この山に逃げていれば、多くの犠牲者を出さなくてと思うと込み上げる来るものがあった。

新聞やテレビで知ることのできなかった、「百聞は一見に如かず」震災地の現実を体感することができた、復興視察バス旅行だった。3年後の10年目にはどれだけの復興の花が咲いていることやら。