講師は東北大学大学院文学研究科 准教授 篭橋 俊光氏です。

今日の講義の次の3本の柱で構成されています。
1.宿場とは
2.仙台藩の宿場
3.仙台藩の人々の旅

以下にその要約を記載します。なお、下記で掲載の写真等はスライドで用いられた資料のほか、別途転載したものです。

宿場とは

 宿場の基本についての講義です。
今日の講義のキモということで、ここはしっかりと時間をかけた講義でした。

宿場の役割

宿継(しゅくつぎ)という役割を担っていた
宿継⇒リレー方式の拠点(公用の人馬の交換、人馬の管理、休憩宿泊)
講義では下の浮世絵で宿継の説明がありました。

クリックすると大きくなります。良く見えなかった方もここでご覧ください。

人馬の引継ぎと役人の様子を描いた浮世絵。東海道五十三次(安藤広重) ウィキペディアより

宿場の特徴

・出入り口に木戸や見付(見張り番が置かれていた城門)がある
・両側町=街道を挟んで両側に家が立ち並ぶ
・交通・商業に関する機能・特権を持つ
・専門の宿役人が置かれている

宿場の出入り口に設置された木戸がみえる。ウィキメディアコモンズより

街道を挟んで並ぶ宿場

仙台藩の宿場

仙台藩の街道

宿場は街道に沿って設けられたので、まず仙台藩にはどういう街道があったかを説明された。
下図参照

配布資料より

徳川家康が整備をした五街道(東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道)。五街道は道中奉行が管理する公道。五街道の奥州街道は白河まで。それ以北は各藩が管理していた。

町場・宿場・市

江戸時代の町の基準は、町奉行がいることであった。仙台藩で町奉行がいるのは仙台城下だけだった。しかし仙台藩には城下町が沢山あったが、仙台城下以外は宿という位置づけになる。
代表的なものとして、白石城下。白石には町奉行がいないため白石宿となる。

また古川宿、吉岡宿を例にあげて、仙台以外の宿には武士が関わる町場が多く、宿場なのに町場という特異な藩であったという。

仙台藩の人々の旅

仙台の俳人、仙台藩主、江戸の住人の旅日記を紹介されて当時の様子をスライドで具体的に説明していただいた。
なお、それぞれに読み下し文が資料として配布され、先生から家に帰ってゆっくり読んでほしいとのことでした。

下記にも掲載しておきます。クリックで大きくしてから読んでいただきたいと思います。

伊勢への旅
  享保年間の文人の旅

仙台への旅
  青年藩主、仙台へ帰る

領内の旅と宿場
  サービスと評判

この旅日記の読み下し文を読むには、更に知識が必要のようです。
実行!自己啓発ですね!

ありがとうございました。