今日の講師は、東北大学名誉教授の蟹沢 聰史先生です。先生は1936年11月 長野県出身、1951年東北大学理学部卒、東北大学教授を経て2000年に退官し名誉教授となられました。専攻は地質学ですが文学にも造詣が深く、「文学を旅する地質学」「石と人間の歴史」などの著書も多数。

『5年ほど前にこの会場で松尾芭蕉と地質学の話をした。今日は宮沢賢治がどうして作品にイートハーブを取り入れたかの話をしたいという切り出しで講義がはじまりました。

イートハーブ(=岩手県)について

賢治の作品は、存命中には出版されたのは1~2作ほどで、その一つが有名な「注文の多い料理店」で、その中にイーハトーブという言葉が初めて出てくる。
イーハトーブとは、「宮沢賢治イーハトーヴ学事典」では、岩手県と定められている。

地質学の宝庫といわれるイートハーブ北上山地とはどういうところか

南部北上山地の地層。右側が三陸海岸。左側は北上川。先端の水色の部分が牡鹿半島。赤い色は花崗岩、青と緑色は蛇紋岩など分布図

大船渡とか一関東部にサンゴの化石がよくでる。それは豪州の化石と非常に似ていて、古生代に北上山地と豪州は同じ地域にあった。この図の上部が南部北上山地で、徐々に北上して現在の形になった。

作品中の鉱物と地質のはなし

宮沢賢治は明治36年に生まれ、子供のころから化石と鉱物が大好きで「石っこ賢さん」と呼ばれていたほど。賢治の作品には童話と詩の作品が多く、また鉱物名や火山、宇宙などが、登場人物の名前や作品名に多用されています。

早坂一郎は東北帝国大学教授。宮澤賢治は花巻市の“イギリス海岸”でクルミ化石を発見し、早坂はこれをバタグルミとして論文に記載。賢治に謝辞を述べている。

宮沢賢治が花巻の”イギリス海岸”で発見したクルミ化石は、現在東北大学理学部自然史標本館(東北大学総合学術博物館)に展示されていますので是非ご覧ください。

作品には鉱物がいっぱい出てくる。特に青い色の石が多く出てくる。賢治は青い石が好きだった。写真の青い色はサファイア。

賢治はお金儲けをしようと白金を探した。白金は蛇紋岩地帯にあるということで、一生懸命に探した。

金といえば平泉・・・

平泉の藤原文化が栄えたのは、その周りに多くの金山があったから。それが藤原文化を支えた。これらの金山も北上山地に点在していた。

生涯独身だった宮沢賢治は恋をしたのか?

盛岡中学の時、賢治は盛岡の病院に入院した。その時の看護婦さんの出身地が日詰であった。その時の看護婦さんを詠った歌といわれている。写真は日詰駅

宮沢賢治とその足跡をたどる蟹沢先生の若かりし学生時代の写真も見ながらロマン溢れるお話を聞かせていただきました。

残念ながら学習会において、パソコン不具合により中断が長引き、先生と参加者学生に迷惑をお掛けしてしまいました。この場を借りてお詫び申し上げます。

今回の学習出席者数631名でした。

ありがとうございました。