10/5 中世松島の世界 ~観光客が知らないもう一つの松島・よみがえる中世の霊場~

本日の学習は、東北学院大学文学部歴史学科教授 七海 雅人先生を講師に迎え、全国的に知られ、日本三景の一つにかぞえられる松島をテーマに、中世という時代についての痕跡が残されている「観光客が知らないもう一つの松島・よみがえる中世の霊場」について講演をいただきました。

講師紹介
   東北学院大学文学部歴史学科教授
      七海 雅人(ナナミ マサト)先生

・平成17年4月 東北学院大学文学部助教授         
・平成23年4月 東北学院大学文学部教授
・研究テーマ
  日本中世史専攻。中世の社会に生きた人々の活動、
  結びつきのあり方に関心をもち、武士団や政治制度史、
  東北地方の社会史を主要な研究課題としている。

1.円仁の伝承と薬師信仰
~多島海の景勝地松島のかなたに想い描く浄土の世界~

(1)円仁の伝承をたどって
・円仁の寺院創建の伝承と山形、仙台、石巻の円仁伝承ルート

(2)薬師信仰の広がり
・薬師如来は、人々の病苦を救い、悟りにいたらせる医薬の仏でもある。

2.中世の松島寺と板碑の分布

(1)天台宗延福寺から禅宗円福寺へ
・円仁により創建された天台宗の延福寺は、13世紀半ば、禅宗寺院「円福寺」へ強制的に改められる。

・関東御祈祷所として鎌倉幕府の特別の庇護を得た円福寺は、松島全体の掌握を達成していく。

 (2)発掘された円福寺
・瑞巌寺宝物館の建設にともない、遺構や多数の遺物が発見された。
・2011年度、瑞巌寺本堂地下の発掘調査が行われ、鎌倉以降の円福寺の主要建物群は、現在の瑞巌寺と同じ場所にあったことが判明した。

円福寺の建物配置は、三門に接続する礎石回廊が仏の全面に展開するような建長寺に似た姿が想定される。
・建物の床に禅宗寺院において特徴的に見られる四半敷という舗装が確認される。
・伊達政宗による現在の瑞巌寺の造営にあたって、供養のために建てられた石塔(板碑)や15世紀につくられた五輪塔の部材が土留め、裏込、礎石の根石などに用いられていることが判明した。

(3)板碑からみる松島の世界
・中世の海岸線と円福寺、やぐら・板碑の分布と松島の板碑分布とその特徴

・板碑とは

3.霊場雄島の世界

(1)霊場雄島の成立
・13世紀80年代から板碑の造立が始まり、1307年には、雄島の南端に頼賢碑(井内石製)が立てられる。
・雄島の内部の様子と雄島における板碑の分布

(2)雄島海底板碑群の発見
・2006~2018年、瑞巌寺宝物館と東北学院大学日本中世史ゼミは、雄島周囲の海底を調査し、総数3,528点の板碑の破片や完形の板碑を海中より採集した。石材のほとんどは、石巻に分布する「井内石」と牡鹿半島の「雄勝石」も確認された。板碑群の発見により、板碑の大きさ・形状や年号が彫られた板碑のほとんどが14世紀のものであることが新しくわかった。

おわりに

「もう一つの松島」の景観復元を目指して
 古文書の考察、考古学の発掘調査、雄島海底板碑群の調査などにより、新しい中世松島の世界が少しずつ見えてきた。中世松島の歴史的な景観や歴史像は、観光客が知らない、もう一つの松島といえる。特別名勝松島の保存・活用・継承においては、この歴史文化の側面を十分に汲み取り、研究を続けていくことが必要とまとめられ本日の講演を終えられました。
※発見された板碑は瑞巌寺宝物館、東北学院大学博物館で展示されておりますので御来館下さいとの案内がありました。

  ※ 本日の学習会出席者は487でした。

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