9/27次世代放射光と仙台の未来

東北大学副理事(ソフトマテリアル担当)/国際放射光イノベーション・スマート研究センター教授 村松淳司

                                    略歴紹介
昭和58年3月 東京大学工学部卒業
昭和63年3月 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)
平成13年4月 東北大学教授(多元物質科学研究所・専任教授)  ~現在
平成31年1月 東北大学副理事(次世代放射光計画担当)併任(~令和2年3月
令和1年10月 東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター・           センター長併任(~令和5年3月まで)                           令和5年4月~現在 東北大学副理事(ソフトマテリアル担当)

1.はじめに

文部科学省は、2018年1月「官民地域パートナーシップによる次世代放射光施設の推進」を発表した。次世代放射光施設(2022年6月6日、愛称としてNanoTeraasuと名付けられた)は、兵庫県にある大型放射光施設SPring-8
に比べて,軟X線領域で100倍の高い輝度と高いコヒーレンス性(可干渉性)を実現する、まさしく次世代の放射光施設である。
次世代放射光のこれらの光源性能は、放射光による「物の見え方」を一新し、材料や生命の機能をナノスケールで可視化し、研究開発における仮説検証サイクルを一気に加速すると期待されている。その活用範囲は、触媒材料、磁性・スピントロ二クス材料、高分子材料など材料分野はもちろん、工学、理学、農学、医学、医工学、考古学など、広範な学術分野と産業分野に及ぶ。東北大学のキャンパス内という本施設は、国内の軟X線領域の放射光活用の遅れを逆転し、研究の国際競争力を強化する原動力となることが期待されている。

 

2官民地域パートナーシップ
東北大学をはじめとする学術研究者は、SPring-8と同じ利用法(共用法と称する)による施設利用だけでなく、企業と1対1でパートナーを組み、研究成果による製品化など出口イメージを共有し、研究シーズや専門知識を以て企業の課題解決を支援したり、その過程で新たな学術研究テーマを開拓したり出来る、コアリション・コンセプト(有志連合)の下での活用機会を得ることができる。その先には、企業・地域(NTT、アイリスオーヤマ、住友ゴム等)と連携し、学術に裏付けられた製品開発や実証実験を可能とするリサーチコンプレックスの形成がある。一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)を代表機関として、宮城県、仙台市、東北経済連合会と東京大学が地域パートナーに選定された。建設地の検討を経て、2019年度より、東北大学青葉山新キャンパスにて次世代放射光施設の整備が開始され、2020年度に本体工事が始まり、2023年度のファーストビームを目指している。そして、本格運用は、2024年度に開始される予定である。

3東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター
⑴次世代放射光を活用した学術研究・産学連携の先導
⑵産官学連携によるイノベーションシステムの構築
⑶国際的な大学放射光アライアンスの形成
⑷放射光施設を活かした人材育成
「国際放射光イノベーション・スマート研究センター(SRIS)」
が学内措置として、2019年10月1日に、設置された。これによって2024年の運用開始と共にスムーズな活用と成果創出を実現し、リサーチコンプレックス形成に貢献することが可能となる。東北大学は既に、学内外に対する次世代放射光施設の利活用にむけた。ワークショップや国際シンポジウム、国際主要放射光施設サミットなどを継続的に開催しており、SRISが主管してる。

4.何が測定できるのか ∼お酒の話∼
もしかしたら、お酒のこともX線を使って解明できるかもしれない。ということで、我々はまずはSPring-8を用いて、日本酒の解析をスタートしたのである。放射光施設を使ったお酒の解析は、日本酒が初めてではない。フランスにおいてはワインの産地特定に用いたり(放射光によるお墨付き)、日本においてもサントリーが高級ウイスキー山崎の経年変化を小角X線散乱法を用いて解析している(図参照)彼らは、熟成過程において,12年,18年、25年と、年月が経過するに従い、樽由来の成分(高級脂肪酸エステルか?)が、ウイスキー中に溶出してくること、味覚としての刺激を抑えることが可能となり、これが”まろやかさ”の原因だとしている。日本各地それぞれの地域で日本酒が製造されているが、原料となる米、水、醸造環境など要素により特徴的な「甘さ・辛さ」、「淡麗・濃醇」と言った「風味」を持つ日本酒となり、消費者はそれぞれの好みに合った日本酒を選ぶことができる。「風味」だけでなく、風味の「温度による変化」も客観的な評価法で分析できるようになることが求められる一方で、従来の評価法は科学的エビデンスが不足しているため、それを放射光X線計測によって解明できないだろうか、と考えて、研究をスタートさせたのである。

5フィージビリティスタディと”仙台の未来”
アイリスオーヤマは、かまど炊きのご飯を家庭用炊飯器で完全再現させようという野心的な試みを放射光X線測定で挑戦した。石巻市の水産加工会社ハイブリッドアイスは、マグロ、ホタテ、ホヤを、独自に新開発したハイブリッドアイスで、急速冷凍し、遠くまで流通させているが、SPring-8におけるX線CTなどの解析がその品質の凄さを証明した。これらのように、日本の農業や水産業の中心である東北地方に、世界最先端の放射光X線施設ができ、それを有効活用することによって、農業や水産業の技術や品質が世界最先端になるものと期待される。そして、それら産業の集積化が進み仙台みやぎに放射光施設を中心としたリサーチコンプレックスができ、世界中から研究者、技術者、そして学生らが集まってくる。そんな未来がもう直前に迫っているんだ。

 

学習会出席者は454名でした。