令和7年度 第14回 学習会 仙台の秋の風物詩「定禅寺ストリートジャズフェスティバル誕生の秘話」

 本日は、1991年の第1回から2025年で第34回目を迎えた、歴史ある仙台の秋の風物詩「定禅寺ストリートジャズフェスティバル誕生の秘話」と題して、誕生から国内最大級の音楽祭と言われる現在の盛況に至るまでの様々な経緯の興味深いお話を、フェスティバル協会代表理事の 武藤政寿先生にご講演いただきました。

講師紹介
公益社団法人 定禅寺ジャズフェスティバル協会
代表理事 武藤政寿 先生

武藤政寿 先生

講師略歴
1977年 東北学院大学入学
1999年 有限会社エスプリ仙台 設立 代表取締役就任
2003年 定禅寺ストリートジャズフェスティバル実行委員会 入会
2018年 (公益社団法人)定禅寺ストリートジャズフェスティバル
協会代表理事就任~現在

1.定禅寺ストリートジャズフェスティバル誕生

1.CONCEPT‥‥第1回目から今まで、一貫した3つのコンセプトがある。
①ステージは街。

●定禅寺通りをはじめとした、仙台の街角が演奏の晴れ舞台。
●歴史から、ジャズは路上で演奏‥にこだわる。

②あらゆるジャンルの音楽で溢れる。

●様々なカテゴリー・地域・年代から演奏者が集う。
●オールジャンルの音楽が奏でられる。

③市民みんなで作っている。

●全国から集う演奏者、観客。
●会場提供や協賛など、多くの支援をいただく商店街、企業。
●企画運営を担う実行委員及びボランティアスタッフなど。
●関係者が、音楽への愛と主体性をもって
音楽祭を作っている。

2.前身イベントおよび手作りへの背景
①前身イベント
●1988年~1990年に屋内開催を2回、プロが運営するイベント

市民手作りへの背景
●仙台には、春には青葉まつり(’85)夏には七夕まつり(戦後)、冬には光のページェン>ト(’86)またこの頃、地下鉄南北線が開業(’87)した。
●当時、定禅寺通りは寂れた通りで、特に通りの北側は夜には真っ暗な状態だった。
>定禅寺通りを発展・活性化のために、地元商店街主が中心になって立ち上がり、
>ジャズ
演奏を通して定禅寺通りだけでなく、仙台市民のためとの思いから、すべて市民>のボランティアによる活動によることとした1991年の第3回から)。

3.フェスティバルの発展と変遷

第1期‥1991~2000年(10回)
>定禅寺通りの発展だけでなく、市民のためのフェスティバルに方針変更。
>開催は、9月第2日曜日の1日のみ。
第2期‥2001~2010年(20回)
>開催を、9月第2日曜日と、その前日の土曜日の2日間とした。
③第3期‥2021~
④受賞歴(主なもの)
>2001年「第8回 仙台市都市景観賞」/仙台市
>2002年「第24回 サントリー地域文化賞」/財団法人サントリー文化財団
>2019年「街ごと楽しむジャズフェス10選」全国1位/日本経済新聞社 NIKKEI STYLE
>2022年「第52回仙台広告賞ポスター部門」金賞/仙台広告協会
‥‥‥‥‥‥作品名『第30回BULUE GIANT』

4.継続の難しさ・苦難

①公益社団法人化

フェスティバル協会の役員、職員、事業内容

●アマチュアでの運営の限界から、2012公益社団法人化。

> 公益社団法人‥主催者として全責任を持つ。
>実行委員会‥フェスティバル開催に携わる。

 

②苦難

●2011年 東日本大

継続の難しさ、苦難

震災の年、ファンの要望が多く何とか開催した。
●2018年 2日間とも豪雨に見舞われる。
●2020年 コロナ禍で断念、
雰囲気停滞、やめた実行委員続出。
●2021~22年 規模縮小で開催したが、実行委員が戻らず運営が大変であった。
●2023年 23ステージで、今の形に近い開催となった。

5.現在・そしてこれから

この10年で変わったこと
●演奏者‥県外からの応募者が増えた、約50%が県外から。
●客層‥ファミリー層が増加、10年前は音楽愛好家が主流。
●実行委員に学生が多く、次世代を担う委員が多くなったことを実感。
(2025年の応募数は1185組、参加演奏グループ689組、参加演奏者4541人)
(2025演奏ステージ‥青葉区を中心として、41か所+ストリートピアノ3か所)

②おわりのことば
これからも、学都 仙台の音楽シーン、文化をけん引していくつもりです。

6.最後に、ご来場の皆様へ

お願い
協会の運営はかなり厳しい状況です。
皆様方の協賛をぜひお願いしたいと思います。
2026年は、9月12・13日(土・日)の予定、多数のご参加を期待します。

本日の出席者数は、538名でした。