11/12 なぜ、手紙はアメリカに届けられたのか? - 関東大震災と日米関係 ー
講師紹介
東北大学災害科学国際研究所
上廣防災額寄付研究部門・准教授
川内 淳史 先生
昭和55年10月 青森市生まれ
平成11年3月 青森県立青森高等学校 卒業
平成24年3月 関西学院大学大学院文学研究科 修了 博士(歴史学)
平成27年5月 神戸大学大学院人文学研究科 特命講師
平成30年10月~現在 東北大学災害科学国際研究所 准教授
なぜ、手紙はアメリカに届けられたのか?
関東大震災時のアメリカの救援に対する感謝と、日米間の友情増進の願いを伝える746通の感謝状が、アメリカ第30代大統領カルビン・クーリッジ氏の生地バーモンド州に残っている。100年前の感謝状について2023年8月,アメリカで調査が行われた。




関東大震災(1923年9月1日)のアメリカの支援
・9月3日 クーリッジ大統領の義援金募集の声明、義援金総額1,498万円(当時)
・9月5日 最初の海外からの支援船アメリカのアジア艦隊7隻が横浜入港す。
アメリカはなぜ日本を支援したか?
日本人移民への排日運動、日本の対中国政策への反感などで関係は悪化していたが、過去には1905年東北大凶作、1906年サンフランシスコ地震で日米は支援し合った歴史がある。クーリッジ大統領は日米関係の改善を目指した。
感謝状がクーリッジ大統領に送られた背景
感謝状はJapan Students Associationなる団体が募集し、大学生、高等女学校生、旧制中学校生により書かれている。両国民の誤解改善と親善の為、印刷してアメリカ国民へ供覧させる意図があった。しかし、資金不足により原本のみ送付、駐米日本大使が746通を3冊の本にまとめて1924年5月上旬、クーリッジ大統領に届けた。

「Japan Students Association」とは? いまだに残る謎
1924年1月、大日本学生連盟主催の駐日アメリカ大使館付武官(日米親善に功績)の送別会に渋沢栄一が出席している。Japan Students Association(大日本学生連盟?)は渋沢と関係する団体であったか? そうであれば手紙が日本政府からアメリカ大統領に渡されたことも納得できる。 渋沢は国際的な人脈を生かし、日米親善、国民外交(民間外交)を推進、排日移民法の成立阻止を働きかけていた。しかし1924年5月上旬は、すでに法案成立不可避のタイミングであった(1924年7月1日排日移民法施行)。日本は中国へ利権を求め、日米戦争も懸念され始めていた。
この感謝状から、100年後の私たちは何を読み取るべきか?
「防災」を「安全保障」の観点からとらえることの必要性
「もし世界が平和でなかったら、このような不幸に見舞われた時、日本はどうなっていたのでしょうか? 世界の平和が私たちの国を救ったのだといえるのかもしれません」 ~~~~~ 水戸高等女学校生徒の手紙
——–本日の出席者は516名でした



