3/11 京都の街・平安京の思想と美術 ー陰陽五行と鬼門ー
『3月11日の東日本大震災者への黙祷を行った後「京都の街・平安京の思想と美術ー陰陽五行と鬼門ー」
と題した貴重な講演による学習会を開催しました』
講師紹介 杉本欣久先生

略歴
平成7年3月 早稲田大学第一文学部史学科美術史学専修 卒業
平成10年3月 早稲田大学大学院文学研究科美術史学専攻修士課程 終了
平成10年4月 公益財団法人黒川古文化研究所(兵庫県西宮市)研究員
平成30年4月 東北大学大学院文学研究科・東洋日本美術史専攻分野 准教授
令和6年4月 同 教授
1 計画都市・平安京と陰陽五行説、四神
・陰陽五行説と「四神相応の地」


中国から入って来た陰陽五行説、全ての万物を「陰」と「陽」に分け、さらに「木」「火」「土」「金」「水」という五つの要素にわけて世界をとらえる。
2 鬼魅・疫神を払う ー「追灘」 「風流」 「剣鉾」

「みちあえの祭り」街区との境界で行う祭り 「やすらい祭り」
(現在は行われていない) (現在も行われている)
3 第5代・桓武天皇(737~806)の即位と平安京遷都

第50代桓武天皇は、京都が陰陽五行の理に適い、四神が四方を守る土地として遷都を行った。
4 讖緯説と「辛酉革命」 「甲子革命」

陰陽五行説により天変地異などを予測。桓武天皇が即位したのは「辛酉」の年にあたる。
「辛酉革命」・・天命が改まる 「甲子革命」・・法律制度が改まる
5 実弟・早良親王(崇道天皇・7507~85)の悲劇と「御霊」信仰
桓武天皇の弟・早良親王が自害し、その後、多くの天変地異が起こる。
「日本紀略」「日本後紀」「類聚国史」「扶桑略記」などに様々な「怪異」が記される。
人々はその災厄が早良親王によるものと考えた。
「御霊会」・・災いをもたらす霊をなぐさめるための祭り
「御霊」・・・無実の罪を被って亡くなった人物が怨みを抱き、疫病などを流行らせる。
6 鬼門を封じるー薬師如来と徳川家康
「鬼門」とは何か
「北東(丑寅)」の方向をいい、たくさんの鬼(禍っ者)たちが出入りするところとみられた。
薬師如来の性格と「北東」


薬師如来は、衆生の疫病を治癒し災禍を消去させる。
病のもとは人々の怨恨。されが疫神となり、鬼門から侵入する。
「北東方向」が鬼門のため、それを封じるために薬師如来を安置するようになった
7 仙台と瑞巌寺、仙台東照宮
仙台東照宮は仙台城の「北東」(鬼門)に位置する。祭神は徳川家康だが、仏教では本来の姿を
薬師如来ととらえる。これにより、仙台の街を守る鬼門封じとして祀られたとわかる。

京都では疫病、天変地異が起こらないよう鬼神を鎮めた。その方法として「みちあえの祭」
「やすらい祭」「剣鉾の祭」「御例会」などが行われた。薬師如来を北東に安置するのも、
そのような鬼神が入ってくるのを防ぐためである。仙台にとって仙台東照宮は、その
役割を担った存在である。
本日の出席者は555名でした。




